「令和6年(2024年)能登半島救援ニュース」No.107

「令和6年(2024年)能登半島救援ニュース」No.107 水害編―15

 能登半島支援 緊急支援のお願い!!

去る9月14日、輪島市町野町粟倉にある「もとやスーパー」で足湯をさせて貰った。元日の地震で大きな損傷を受け、電化製品や家具などを展示していた別棟の至るところのガラスが割れ、地震の凄さが想像できた。もとやの女将さんの足湯は私がさせて貰った。女将さんは、「こんなことで、へこたれん!絶対再建して見せる」と気丈だった。

しかし、その1週間後の9月21日、午前9時ごろから記録的大雨が降りだした。翌日のテレビには、流木が数本突き刺さってる無惨な「もとやスーパー」の映像が目に止まった。 

私は9月30日、もとやスーパーを訪れた。車は辛うじてスーパーの前も通れるように片付けられていた。とはいえ、同スーパーの前の駐車場には、大型ダンプが3台止まっており、片づけをしていた。スーパーのすぐ近くの支流となる川は崩壊し、夥しいほどの流木が至るところで折り重なっていた。私の知る限りでは、水害でこれほどの流木が集まっているのは、過去にも見たことがない。珠洲道路から県道6号線(宇出津・町野線)を曽々木海岸方面に走ると、粟倉に行きつくが、かなり手前の方から流木が車道の両側に積まれていたが、「こんなところまで、これほどの流木が流れついているということは、粟倉は相当酷いことになっているだろう」と予測はしていた。

この流木の多さは、元日の地震で地盤が緩み、そこに記録的大雨が降り、山々の各地での地滑り、土砂流下などが至るところで重なり、斜面崩壊が集中して、川に流れたのではないかと思う。粟倉の隣の金蔵は、少し山間部にあり、その金蔵から粟蔵を見下ろすような山々の地滑りあとを見ると、それを裏づける斜面崩壊を目にすることができ、粟倉に夥しい流木が重なっている理由が分かる。

もとやスーパーは創業70年で、この町野町には1件しかないスーパーだ。輪島市と石川県が早急にこのもとやスーパーの再建支援計画を提示するべきだ。それが、何よりもの支えになる。

            (被災地NGO恊働センター顧問:村井雅清)

*私たちの活動は、CivicForceのパートナー協働事業に支えられ活動しています。

https://www.civic-force.org/info/activities/earthquake202401/20240130.html

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引き続き現地からの情報を発信していきます。

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