「令和6年(2024年)能登半島救援ニュース」No.109 水害編―17
能登半島支援 緊急支援のお願い!!
衆議院選挙も中盤に入った。各党は、「防災庁設置」を主張している。“災害大国日本”といわれ、また“防災大国日本”ともいわれているので当然だろうといいたいが、正直「今さらか?」と皮肉の一つもいいたくなる。しかし、30年前から災害時支援活動を展開してきた立場から敢えていうと、元日に起きた「能登半島地震」に対する国及び自治体の対応を観ていると、「さて、防災大国といえるだろうか?」と疑問を持った。
そうした中で、記録的大雨による水害が発生し、被災地にとっては“踏んだり蹴ったり”という声、“もう心が折れた!”という声を聞くと、やはり「防災大国」とはいえないだろうと断言する。特に、今回の複合災害で「被災者主体」という言葉はどこに消えていったのかとさえ思う。30年前の阪神・淡路大震災で掲げた「神戸宣言1995」では、「復興は被災者主体で・・・」と宣言した。この言葉は、あの時亡くなられた6434名の方々の魂の叫びだということを忘れたのだろうか・・・・?
“だからこそ”と言われればそれまでだが「防災庁設置」はほんとうに実現するのだろうか?
先日、テレビを観ていると、地元石川県の候補者3名はいづれも地震後から走り回っている議員たちの姿を私は見ている。被災者主体の被災者の声を集約する一つは、こうした議員の声をまとめる必要もあるだろう。同時に、被災地には元日以来NPO/NGOが100団体以上が入っており、実質一日も休みなく支援活動を展開している。何故、県も市もこの有意義な被災支援に奮闘しているボランタリーな人たちに、もっと活躍する場や機会を提供しないのだろうか?10月21日付神戸新聞によると「石川県によると、豪雨による住宅被害は18日時点で1487戸。大半が床上・床下浸水だ」とのこと。上からトップダウンの対応で済ますのではなく、わずか1487戸だと数団体に丁寧にお願いすれば、マンツーマンの寄り添い支援が可能だ。もちろん、「丁寧に」ということの意味は活動がしやすい環境を整えるということが大前提だが・・・・・。
数日前に輪島市西保地区の大沢町の住民がお一人、体調を崩しヘリで救急搬送されたと連絡があった。西隣の上大沢町には数時間かけて歩くしかない手段がないのに、一人、二人と日帰りで集落に帰っている住民がいるという報告も…・。
今、衆議院選挙で走り回っている候補者たちは、一日一言でいいから、「私たちは能登を忘れていません!」と言って選挙活動したらどうか?そうすることで、実は各々の選挙区の住民に対して寄り添うことの大切さも分かるというものだ!!
(被災地NGO恊働センター顧問:村井雅清)
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