【東日本大震災】レポートNo.246

7・8月集中豪雨災害の広島から戻り、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。
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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  あれから3年半が過ぎた被災地より  
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 今日で東日本大震災から3年半の節目を迎えました。紙面では「24万人避難生活続く」「進まぬ住宅再建」「入札不調震災前の4倍」「仮設生活 今も8.9万人」「」などまだまだ先行きが見えない深刻な見出しが多かったです。道路をつくるため、防潮堤の工事など公共工事は進んでいますが、それより先に、高台への避難路、復興住宅、高台移転など、被災者の暮らしを優先した復興がなぜ後回しになるのでしょうか?
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今日11日は月命日ということで、釜石の作り手さんをいつもまけないぞうの販売やタオルの仕分けにご協力頂いているお寺さんにお連れしました。全国各地から届いたお茶菓子を頂きながら、やはり当時の津波の話になります。
「あの時は、高い方高い方に逃げて、やっと避難所にたどりついた」
「お父さん(息子さん)の遺体の上を知らずに通っていた。」
「私は、チリ津波、十勝沖津波、今回と3回も津波に遭った」
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昨日のお邪魔した、陸前高田の作り手さんは、
「毎日、津波の話、聞かねぇ日はないな」
「仮設もバラバラ、またバラバラ(復興住宅などへ移るので)」
「また、せまっこい中、はいらな、わかんねぇんだ」(次も狭い復興住宅に入らないといけないんだ)
「復興住宅入ったら、もう花もできねぇ、今年で終わりだ!」
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陸前高田では、第一期の復興住宅が完成し、来月から入居が始まります。それで、何人かの人が仮設から復興住宅に移るようで、自力再建した人など、何かと落ち着かない日々が過ぎているようです。来年の秋には、動物も一緒に住める住宅が建設されるようですが、コミュニティがどんどん崩壊しています。阪神・淡路の教訓を考えると2度も3度もコミュニティを崩され、復興住宅での孤独死などはいまも続いています。東日本被災地でも復興住宅やバラバラになってしまった人たちのきめ細かいフォローが欠かせません。
釜石で復興住宅へ入居した人は、入居してからほとんど外に出ることもなく、家の中で過ごし体調が思わしくありません。ボランティアも減っていく中で、バラバラになった人たちのフォローをどうしていくかが課題です。ちなみに今回広島で起きた土砂災害の被災地でも仮設は建設されず、既存の住宅への入居が進められています。こちらでもコミュニティの崩壊が起きつつあります。住み慣れた環境においてコミュニティの崩壊は、心も体も崩壊させてしまうケースがあります。そんな声なき声に耳を傾けることが本当の意味での町の復興には欠かせません。
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ある作り手さんは、「最近私は傾聴ボランティアの講習を受けているの」と避難所でも何もやらせてもらえず、私たちに何かやらせて欲しいと直談判したそうです。被災者はやはり支えられるだけの弱者ではなく、双方向にお互いに支え合える関係が大切なのだと、またここで実感することができました。
「自分がこんな目にあって、この間本当にいろんな人に支えられ感謝してます。」
「お茶っこに来て、話したいこと話して、胸がすっきりした」
 と最後に笑顔で帰ることができました。
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 【まけないぞう一言メッセージ】
ぞうさんを作り始めて3年が過ぎ、私も年をとり腰が曲がってきました。でもぞうさん作りをしていると、とても若い気持ちで幸せです。私の作ったぞうさんが、人の心を和ませるのかと思うと涙がでます。ぞうさんありがとう!!
(2014年6月22日 釜石市復興住宅 88才 女性)