「平成30年7月豪雨」災害レポートNO51

その日は突然訪れました。9月26日とうとう、数珠を救出できないまま、解体が始まってしまいました。家族が見守る中、大きな音をたてながら重機が家を壊していきます。それまで、こんな日が来るとは思わずに、たくさんの家族の思い出が詰まっている家、それがこんな日を迎えるなんて・・・・

家族が見守る中、まるで怪獣のような重機が大きな音をたてながら、家を飲み込んでいきます。「バキバキバキィ、ガッシヤッシャーン」と、胸を締め付けられるよう思いでした。

お母さんは「私の嫁入り道具のタンスはなにもなかったのよ。傷ひとつなく助かったのに。持っていくところもなくて、仕方なかったの。あのタンスが壊されるとき、大きな音をたてて、もう胸が苦しかった。」と涙を浮かべながら。

なすすべもなく、そこに立ち尽くしながら、解体作業を見守っています。

家屋の解体も終わり、次は家屋の中に入った土砂の撤去です。
土砂に埋まっているかもしれない、お母さんが大切にしてきた数珠を探すため、重機がかき出す土砂を見つめながら、じっとしてその場を離れられません。そして、お父さんはぽつりと「これで全部財産がのうなった」と。固唾を呑んで見守っている私には、かける言葉がみつかりません。

解体、土砂の撤去作業からちょうど一週間が経過した10月3日に一本の電話が鳴り響きました。それは、お父さんのからの電話でした。なんとあきらめかけていたあの数珠が見つかったという連絡でした。思わず飛び上がりたくなる瞬間でした。嬉しくて嬉しくて本当によかったです。その日はたまたま予定を変更したお母さんが、自宅の土砂の撤去作業を見に来たところ、ふと目をやるとなんとそこに数珠が壊れることもなく、泥だらけで見つかったのです!!!お母さんの想いが届いた瞬間でした。
翌日早速、その数珠を見に行きました。泥は被っていたものの、とてもきれいな状態でした。

この奇跡の数珠は、上から頭、手、胴体、足のように表現されているそうです。災害で亡くなられた多くの方々の生まれ変わりかも知れないと思われるほど象徴的でした。まだ水分が乾ききっておらず、黒ずんでいるところもありましたが、紐も切れることなく、きれいな状態でした。過去帳も、経本も汚れてはいるものの、中の字は鮮明に読める状態でした。

 

家は解体をしなければならなくなりましたが、大切なお位牌と数珠がみつかったのも、ちゃんと毎日お務めをしていたからでしょう。ご先祖さまが水害からご夫婦の命を守り、そしてまた家族のもとに戻ってきてくれたのです。
この間、このお位牌と数珠の救出作業に関わってくれたみなさん、本当に心から感謝します。ありがとうございました。そして、これからもこのご家族を見守ってください。
(増島 智子)