「平成30年7月豪雨」災害レポート―NO21

昨日8月7日、新聞各紙は政府の中央防災会議が、南海トラフ大災害の可能性が高まっていると判断した場合、「政府の呼びかけで住民が一斉避難する仕組みを導入する」ことを発表した。詳しい内容がわからないので、懸念されることも予測されるため軽率にコメントできないが、“住民が一斉避難”という表現に「ハッ!」とさせられた。
というのは、本レポート19号で「救えたいのち」について触れた。2005年頃から災害時要援護者についてかなりの議論が積み重ねられた。以後の災害でも、残念ながら犠牲者は後を絶たないまま2011年東日本大災害を迎え、亡くなった障害者の数が一般の人たちの2倍近くになっていることが明らかになった。阪神・淡路大震災でも同様の数字が出ている。16年間何も変わっていないことを露呈した。こうした現実と向き合い、政府は2013年災害対策基本法を改正し、災害時要援護者の名簿作成を義務づけた。

にもかかわらず今回の豪雨災害では、また多くの犠牲者を出した。しかも救助対象者のリストをつくっていたにもかかわらずだ。しかし、「ハッ!」としたと前述したのはこのことだ。この責任は誰にあるわけではない。換言すれば、誰にでもあるといえる。
だから、「一斉に逃げる!」ということも視野に入れなければならないということに気づいた。これまでは、「災害時要援護者」という言葉に左右されていた。しかし、特に今回のような大災害の場合、災害直後の救急救命期は誰もが要援護者だということだ。しかし、その中でも「避難行動が難しい人」など要配慮者には特により手厚い支援が必要だということになる。平時から、まずはみんなで逃げるということを意識し、その上で要配慮者支援についても考えておくことが急がれるということでないか?

2005年のパキスタン地震のときに被災地の女性グループとの意見交換の場で、女性のリーダーが「私たちは時には弱者となるが、一方で男性よりも強いのだ!だから私たち女性は一人で4~5人の子どもを抱えて逃げることができる!」と言われた。「なるほど、だから女性を最優先で救うことを考えなければならないのか」と気づかされた。また、障害者に寄り添って40年、故大賀重太郎は、24時間寝たきりの方の介護をしていて「この人は体は動かないけど、人の生き方について指南してくれる人なのだ」とあるマスコミの社説で紹介された。つまり、「あなたを喪ってはならないから、最優先で助けるのだ!」というメッセージでもあったことを教えられた。
災害時の要援護というときに、一面的な視点で捉えていたことが“落とし穴”だったかも知れない。あらためて今回の豪雨災害で明らかになった要援護者援助の課題について、しっかりと見直さなければならないことだけは間違いない。
(村井雅清)

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