東日本大震災】レポートNo.265

あれから5年目、岩手県の被災地に入った増島のレポートをお届けします。
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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり 3月12日
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東日本大震災から5年目を迎えた昨日3月11日は、朝から雪が舞っていました。ある被災者の方が、「亡くなった方の魂が舞い降りてきたのでしょう。だから私は大丈夫忘れてないよ」心の中でつぶやいた途端に晴れ間が広がったそうです。そのような朝を迎え、各地で祈りが捧げられました。
 釜石市の復興住宅の公民館では、被災住民の有志の方が手作りの追悼行事を行っていました。同じ仮設にいた仲間同士、また新しくつながった復興住宅の被災者の人、それを支える被災者の人、みなさんそれぞれの立場で、想いでその場に集まっていました。「追悼式にはなぜか行く気になれなくて、ここに来たの、来てよかった。やっぱり仮設の頃のつながりはいい。今の復興住宅では何もしないもの。」と
 室内には仮設のころのイベントの写真が所狭しと並べられ、みなさん懐かしそうにその写真をみながら、思い出話に話がはずみます。
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 午後2時46分、海の方を向いて、サイレンが鳴り響く被災地で祈りが捧げられました。会場にはみなさんが折った想いが込められた鶴が飾られていました。
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 この追悼式を呼びかけたご夫妻の奥さんは、津波の後にお母さんを失くされています。いまでもそのお母さんの言葉を思い出すそうです。「生きるのは、辛いよ」と。そのお母さんが言った言葉がいつまでも心に残り、仮設や復興住宅で暮らすおばあちゃんたちと母親が重なりほっておけないそうです。少しずつですが、地域の支え合いの芽が育ってきています。この大切な芽が大きくなって、支え合いの街ができたらきっと未来の子どもたちにもつながっていくことでしょう。
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 まけないぞうの作り手さんが、「昔の書類を整理していたら、本当にたくさんの人に支えられたと思ったのよ。これからは少しずつ返していきたい」と話してくれました。そういえば茨城県常総市の被災者の方も「今度どこかで何かあったら、年寄りだけど応援に行く」と言ってくれていました。その前の広島土砂災害の被災者の方は、常総の水害後すぐにたくさんの支援金を下さいました。「被災された方の気持ちがわかるから」と。こうして被災地から被災地へと支え合いの輪が広がっています。
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