【東日本大震災】レポートNo.247

7・8月集中豪雨災害の広島から戻り、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。
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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  9月12日
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 今日は久しぶりの青空でした。気温もぐっと下がってきました。そして、遠野仮設へ回収へ。「もう遅いから、ぞうさんほこりかぶってたよ(笑)」と言いつつも厳重に紙をかぶせて、大事に保管してくれていました。
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「ねぇ見て見て、このぞうさん可愛いでしょう??まるでお口があるみたいでしょう」と、笑顔で語りかけてくれます。「このぞうさんも可愛いよ。」「あらっこっちのも可愛いよ」とやっぱり丹精込めて作った自分のぞうさんが一番かわいいのかしら・・・(笑)
お口_s.jpg
「ちょっと時間あるでしょう」と、遠野仮設には渡り廊下があり、コミュニティスペースにもなります。椅子を並べて、お茶とお茶うけがあっという間に出てきて、お茶っこタイムです。季節的にも屋外でも風通しがよくとっても気持ちよく、おしゃべりも弾みます。
「広島や丹波の被災地に行って来たんだよ」と話すと、「あっ丹波篠山ね。お豆がおいしいよね」と!びっくりして訪ねると、「昔大阪に数年住んでいて、子ども会で丹波篠山行ったから知ってるよ。向こうも今回の水害で大変だね」と、東北の地で急に地元兵庫の話題ができて嬉しかったです。
はいポーズ_s.jpg
お茶うけ_s.jpg
 話題は住宅のこと。「(沿岸から)遠野にきて、もう慣れたから地元には帰りたくないの」。仮設の近所に自力再建した人は、「やっぱり仮設が恋しいの。知った人ばっかだもんね」と少し淋しそうに。「せっかくここに(仮設)来て、仲良く慣れたんだから」と話してくれます。被災地から仮設、みなし仮設、県外、そして、復興住宅、自力再建と被災者の人たちは何度も何度もコミュニティを壊され、作り直さなければならないのです。今後より一層コミュニティづくりのお手伝いが急務の課題となるでしょう。復興住宅、自力再建できたというのはただハコモノができただけで、暮らしはすぐには再建できないのです。それは私たち神戸や他の被災地で学んだことです。だからこそ、今からが正念場なのです。
仮設_s.jpg
午後からは、大槌町吉里吉里に伺いました。ここでは、なんと大きなぞうさんがたくさんいるではないですか!!バスタオルでつくったぞうさんです。「この大きなぞうさんを広島や丹波の被災地に持って行ってもいいですか?」と聞くと、「あ~よかった。役に立つのなら持っていってもらったらうれしい。行き先が決まってよかった」と言ってくれました。
大きなぞう_s.jpg
そして、また前回来たときに釜石の不動寺さんが神奈川県から頂いた、お供物のタオルのお花がぞうさんに出来上がっていました。「これは、お寺さんから頂いたお供物でできたぞうさんだからお守りにするの」と、とても大事そうにしていらっしゃいました。
お花_s.jpg
お供物_s.jpg
仮設の窓から見える空は小さいですが、
仮設の窓_s.jpg
心の中では大きく広がり、世界とつながっているぞうさん。
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そして、多くの人に支えられている実感。
お手紙_s.jpg
家中には「まけないぞう」が飾ってあります。いつもあなたのそばにいます。
お部屋_s.jpg
【まけないぞう一言メッセージ】
まけないぞうを作るときは、他のことは何も考えず一心に作ることだけに専念しています。一頭出来上がるごとに少しずつ幸せに近づいているような気がします。作り手の私たちの手元から、みなさんのところへ届くときは「まけないぞう」、みなさんが手にされた後は「忘れないぞう」に名前を変えて下されば嬉しいのですが。
(2014年5月5日 遠野仮設 74才 女性)