【東日本大震災】レポートNo.248

7・8月集中豪雨災害の広島から戻り、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。
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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  作り手さん、釜石へ訪問
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  先日、いつもお世話になっている釜石にある真言宗高野山派不動寺の森脇妙紀さんを訪ねました。いつもタオルを各地から集めて、販売にも多大なるご支援を頂いています。いつもお世話になっているということで、陸前高田市の作り手さんと一緒にご挨拶に伺いました。
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 作り手さんのお手製のお煮染めと豆ご飯で、普段のお昼は控えめな作り手さんも食が進みます。やっぱりみんなでわいわいがやがやしながら食べるご飯は格別です。そこへ、相模原から届いたタオルでできたお花が登場です。これは、お供えのお花をわざわざタオルにして、終わったらまけないぞうに作って下さいと、送って下さった貴重な花かごです。作り手さんもこれにはびっくり!どうやって作るのか興味津々。これは特許をとって作ってあるので、作り方は秘密です。「私が死んだらこれにして欲しい!!」と、切実??な訴えです(笑)。妙紀さんも、「その時は私がお供えさせて頂きます」と約束してくれました(笑)。お花が大好きな作り手さんは、仮設でもお花をいっぱい育てています。
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 ここでも話は、今後の住宅のことです。以前のニュースでもお伝えしていますが、復興住宅に移る人、自力再建する人、動物などを飼える復興住宅に移る人など、ぞうさんの作り手さんでも、今後はバラバラになっていってしまう人たちがいます。お一人の方はこの10月くらいにも再建して引っ越しの予定です。冗談半分に「バイバ~イ」という人、引っ越しを言いづらそうにしている人、「また、みんなバラバラだ」と、その言葉のうらに不安と寂しさが見え隠れします。
 大槌町の作り手さんは、「住宅もあと5年先だって~、もうがっくりしちゃうよ。そしたら、10年もここにいるようだよ。」「もうは~、わたしなんて80才になっちゃうよ。家ができた頃には、もうどうなっているか?せめてもう少し若いうちに再建したいよ」「仮設では死にたくないよ。みんなそれを願っているよ」と切実な心の叫びが聞こえてきます。
「土地は決まって9月から着工って言うけど、まだ何にも手をつけてね~。目途がはっきりすれば、がんばれるけど延び延びじゃ、もうやんなっちゃうよ」「お盆前から体調を崩してね。お医者さんには、『ストレスだ!』と言われたよ」と。「それでもなにもしていなかったら、しんどいだけだし、少しでもぞうさんがあるんならやっている方がいくらかましよ」と、先の見えない不安を訴える人がほとんどです。やはり人は夢や希望、生きがいなどといった張り合いがなければ、心も体も弱くなっていくということを、実感します。
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大船渡の作り手さんも、「もうずっと悩んでいる。高台移転か復興住宅。それが一番しんどいよ。復興住宅じゃ畑もできないし。小さな庭でも畑やお花をしたいな。前の家は地震で傾いてしまった。三陸大津波の時に高台移転して、土盛りをしたところだけが今回の地震で沈んでしまったの・・・。あ~悩む。考えすぎて体調があまり思わしくない。」
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【まけないぞう一言メッセージ】
大震災から3年半も過ぎ、ぼつぼつと空き室も出てきます。いつここから出られるのかと一人残るのではないかとか、何もしないと考え不安になります。ゾーさんを作っていると何も考えず、自分の作ったゾーさんでもみんな顔が違うので、一人で笑ったりして心が晴れます。
(2014年9月17日 大船渡市黒土田仮設 71才 女性)

【東日本大震災】レポートNo.247

7・8月集中豪雨災害の広島から戻り、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。
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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  9月12日
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 今日は久しぶりの青空でした。気温もぐっと下がってきました。そして、遠野仮設へ回収へ。「もう遅いから、ぞうさんほこりかぶってたよ(笑)」と言いつつも厳重に紙をかぶせて、大事に保管してくれていました。
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「ねぇ見て見て、このぞうさん可愛いでしょう??まるでお口があるみたいでしょう」と、笑顔で語りかけてくれます。「このぞうさんも可愛いよ。」「あらっこっちのも可愛いよ」とやっぱり丹精込めて作った自分のぞうさんが一番かわいいのかしら・・・(笑)
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「ちょっと時間あるでしょう」と、遠野仮設には渡り廊下があり、コミュニティスペースにもなります。椅子を並べて、お茶とお茶うけがあっという間に出てきて、お茶っこタイムです。季節的にも屋外でも風通しがよくとっても気持ちよく、おしゃべりも弾みます。
「広島や丹波の被災地に行って来たんだよ」と話すと、「あっ丹波篠山ね。お豆がおいしいよね」と!びっくりして訪ねると、「昔大阪に数年住んでいて、子ども会で丹波篠山行ったから知ってるよ。向こうも今回の水害で大変だね」と、東北の地で急に地元兵庫の話題ができて嬉しかったです。
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 話題は住宅のこと。「(沿岸から)遠野にきて、もう慣れたから地元には帰りたくないの」。仮設の近所に自力再建した人は、「やっぱり仮設が恋しいの。知った人ばっかだもんね」と少し淋しそうに。「せっかくここに(仮設)来て、仲良く慣れたんだから」と話してくれます。被災地から仮設、みなし仮設、県外、そして、復興住宅、自力再建と被災者の人たちは何度も何度もコミュニティを壊され、作り直さなければならないのです。今後より一層コミュニティづくりのお手伝いが急務の課題となるでしょう。復興住宅、自力再建できたというのはただハコモノができただけで、暮らしはすぐには再建できないのです。それは私たち神戸や他の被災地で学んだことです。だからこそ、今からが正念場なのです。
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午後からは、大槌町吉里吉里に伺いました。ここでは、なんと大きなぞうさんがたくさんいるではないですか!!バスタオルでつくったぞうさんです。「この大きなぞうさんを広島や丹波の被災地に持って行ってもいいですか?」と聞くと、「あ~よかった。役に立つのなら持っていってもらったらうれしい。行き先が決まってよかった」と言ってくれました。
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そして、また前回来たときに釜石の不動寺さんが神奈川県から頂いた、お供物のタオルのお花がぞうさんに出来上がっていました。「これは、お寺さんから頂いたお供物でできたぞうさんだからお守りにするの」と、とても大事そうにしていらっしゃいました。
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仮設の窓から見える空は小さいですが、
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心の中では大きく広がり、世界とつながっているぞうさん。
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そして、多くの人に支えられている実感。
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家中には「まけないぞう」が飾ってあります。いつもあなたのそばにいます。
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【まけないぞう一言メッセージ】
まけないぞうを作るときは、他のことは何も考えず一心に作ることだけに専念しています。一頭出来上がるごとに少しずつ幸せに近づいているような気がします。作り手の私たちの手元から、みなさんのところへ届くときは「まけないぞう」、みなさんが手にされた後は「忘れないぞう」に名前を変えて下されば嬉しいのですが。
(2014年5月5日 遠野仮設 74才 女性)

【東日本大震災】レポートNo.246

7・8月集中豪雨災害の広島から戻り、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。
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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  あれから3年半が過ぎた被災地より  
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 今日で東日本大震災から3年半の節目を迎えました。紙面では「24万人避難生活続く」「進まぬ住宅再建」「入札不調震災前の4倍」「仮設生活 今も8.9万人」「」などまだまだ先行きが見えない深刻な見出しが多かったです。道路をつくるため、防潮堤の工事など公共工事は進んでいますが、それより先に、高台への避難路、復興住宅、高台移転など、被災者の暮らしを優先した復興がなぜ後回しになるのでしょうか?
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今日11日は月命日ということで、釜石の作り手さんをいつもまけないぞうの販売やタオルの仕分けにご協力頂いているお寺さんにお連れしました。全国各地から届いたお茶菓子を頂きながら、やはり当時の津波の話になります。
「あの時は、高い方高い方に逃げて、やっと避難所にたどりついた」
「お父さん(息子さん)の遺体の上を知らずに通っていた。」
「私は、チリ津波、十勝沖津波、今回と3回も津波に遭った」
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昨日のお邪魔した、陸前高田の作り手さんは、
「毎日、津波の話、聞かねぇ日はないな」
「仮設もバラバラ、またバラバラ(復興住宅などへ移るので)」
「また、せまっこい中、はいらな、わかんねぇんだ」(次も狭い復興住宅に入らないといけないんだ)
「復興住宅入ったら、もう花もできねぇ、今年で終わりだ!」
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陸前高田では、第一期の復興住宅が完成し、来月から入居が始まります。それで、何人かの人が仮設から復興住宅に移るようで、自力再建した人など、何かと落ち着かない日々が過ぎているようです。来年の秋には、動物も一緒に住める住宅が建設されるようですが、コミュニティがどんどん崩壊しています。阪神・淡路の教訓を考えると2度も3度もコミュニティを崩され、復興住宅での孤独死などはいまも続いています。東日本被災地でも復興住宅やバラバラになってしまった人たちのきめ細かいフォローが欠かせません。
釜石で復興住宅へ入居した人は、入居してからほとんど外に出ることもなく、家の中で過ごし体調が思わしくありません。ボランティアも減っていく中で、バラバラになった人たちのフォローをどうしていくかが課題です。ちなみに今回広島で起きた土砂災害の被災地でも仮設は建設されず、既存の住宅への入居が進められています。こちらでもコミュニティの崩壊が起きつつあります。住み慣れた環境においてコミュニティの崩壊は、心も体も崩壊させてしまうケースがあります。そんな声なき声に耳を傾けることが本当の意味での町の復興には欠かせません。
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ある作り手さんは、「最近私は傾聴ボランティアの講習を受けているの」と避難所でも何もやらせてもらえず、私たちに何かやらせて欲しいと直談判したそうです。被災者はやはり支えられるだけの弱者ではなく、双方向にお互いに支え合える関係が大切なのだと、またここで実感することができました。
「自分がこんな目にあって、この間本当にいろんな人に支えられ感謝してます。」
「お茶っこに来て、話したいこと話して、胸がすっきりした」
 と最後に笑顔で帰ることができました。
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 【まけないぞう一言メッセージ】
ぞうさんを作り始めて3年が過ぎ、私も年をとり腰が曲がってきました。でもぞうさん作りをしていると、とても若い気持ちで幸せです。私の作ったぞうさんが、人の心を和ませるのかと思うと涙がでます。ぞうさんありがとう!!
(2014年6月22日 釜石市復興住宅 88才 女性)

【東日本大震災】レポートNo.245

7・8月集中豪雨災害の広島から戻り、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。
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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  9月8日  
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今日は神戸大学ボランティアバスの主催で「まけないぞう同窓会」を開催していただき、沿岸の作り手さんの交流会ができました。普段はなかなか出会えない作り手さんが、顔を合わせぞうさんの作り方や情報交換、それぞれの地域の復興の進み具合など、普段話せないようなことなどをざっくばらんに話し合いました。
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 みなさん最初は緊張気味でしたが、ぞうさんを見ると「これどうやって作っているの?」「へーそうなんだ」「私はこうしているわ」などなど会話は弾みます。「ぞうさんはどれもかわいいけれど、私が作ったのが一番かわいいわ」と嬉しそうに話してくれます。そして、今回のお弁当は大槌町で被災したお肉屋さんが用意してくれた巻き寿司でした。また大船渡の作り手さんは銘菓「甘ほたて」を差し入れもあり、舌鼓を打ちながら会話も弾みました。
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 そして、話は復興状況についても触れています。大船渡は?釜石は?大槌は?自力再建した人、復興住宅を待つ人、高台移転を考えている人など、それぞれ立場が違います。
交流会場にいくまでの車中から「この辺は新しいお家がいっぱい建ったね。うちの報はまだまだ全然進んでないわ」と、普段ならきっと気を止めないような新築のお家が今ではとても気になる様子です。また震災当時の話にもなります。「私は津波の当日は野宿をしたの。孫はまだ9ヶ月くらいで、その子の食べるものやオムツにとても苦労したの。ちょうど離乳食の時期で、お母さんのおっぱいも出なくなり、急いで持ち出した買い物袋に中にあった、野菜ジュースや少しの離乳食でその場をしのいだの。あの時は本当に辛かった」と。
「仮設に入った時も何もすることもなく、ずっと部屋に閉じこもっていたの・・・」「今でも何かしていないと一日がとても長くて、お茶会に行ってもうなづいているだけだと疲れるし」など、3年半の節目が近づいているせいかなのか、みなさん不安を口にします。節目節目に不安が波のように寄せては引きを繰り返しています。
 「高台移転も進んでないよ、せっかく木を切ったのに、また生えてきちゃっているし。だから当初より希望者減って、自力再建や復興住宅を考えるようになり、高台移転もいつのことだか、早くしないとあの世にいっちゃうよ」など、悩みは尽きません。
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 不安を口にしながらも、「ぞうさんに心癒されているの」「ぞうさんがないとだめ」「今度この手芸教えて!」と。そして「今回の水害に関して私たちにもできることはないの?」と心配してくれました。「私たちの津波は地震がきてから逃げれば助かるけど、山津波は突然くるから,大変だよね。私たちより向こうの人は大変だ。」「私たちの高台移転の土盛りもちょっと心配になってくるけど、行政は大丈夫だと言っているから」と不安をにじませながら、他の被災地に心を寄せてくれています。支え合いの輪が確実に広がっていることを実感します。
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 神戸大の生徒さんの若いパワーに元気をもらったようです。学生さんに足湯もしてもらって、笑顔が耐えない会になりました。帰りはみなさん「とても楽しかった」とおっしゃってくれました。
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 【まけないぞう一言メッセージ】
私がまけないぞうさんに出会ったのは知り合いからプレゼントにもらったのが最初でした。とてもかわいくて、やさしい気持ちになりました。自分もまけないぞうさんを作ることができ、誰かの心を癒してくれればと思いながら、一つ一つ心込めて作っております。まけないぞうさんに感謝しています。
(2014年8月11日 釜石市甲子仮設 60代 女性)

【東日本大震災】レポートNo.244

7・8月集中豪雨災害の広島から戻り、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。
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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  9月6日  
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 約1ヶ月ぶりの遠野はすでに秋の気配です。田んぼも黄色に色づいていました。夜は肌寒いくらいです。
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 今日は快晴の中、ぞうさん号を走らせ釜石市の尾崎白浜へ伺いしました。みなさん、広島などの水害のことをだいぶ気に掛けてくれていて、「きっと被災地に行っていると思ってたよ。あれじゃ津波より大変だ」ととても心配してくれていました。災害は起きては欲しくないことですが、こうして、被災地から被災地の支え合いの輪が育まれていくんだなぁと、あらためて実感します。
 ここ尾崎白浜では、廃校になった小学校が当時の避難所でした。土地がなかなかないので、その小学校を壊して、復興住宅を建設する予定です。今回その学校が壊されて、平地になっていました。工事も思うように進んでいないようで、8月に着工という話がずれ込んで9月という話を行政から聞いているそうですが、今日までに着工できていませんでした。「オリンピックがあるから、向こうに集中しちゃってるんだよね」と。「私が生きているうちに復興住宅に入れるのかね」と不安は尽きません。
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 仮設も統廃合になったり、一度部落外の仮設へ出たり、入ったり、また自力再建して仮設を出た人など、コミュニティはバラバラです。小さな部落でも一度コミュニティが崩壊すると、心までにバラバラになってしまう現実がそこにありました。
作り手さんが一言「なんか淋しいんだよね」とぽつりつぶやきます。作り手さん同士、同じ仮設のお隣さんだったのですが、自力再建をした人と、仮設から仮設へ移動し、行き来が難しくなり、私が訪問したときに「久しぶりだね」と会話をされていました。車ならほんの5分くらいですが、高台に家の再建した人の自宅へ行くには舗装されていない山道を進まなければなりません。
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 この道は津波がきた当時、林道でしたが、海側は流されたため隣の部落へ行くための命をつなぐ道の一つでもありました。いま生活道路なっているため、早くこの道を舗装してみなさんが安心して行き来できるようにしてほしいです。
 そして、久しぶりの再会に話も弾み、ご馳走を頂きながら楽しい時間を過ごすことができました。makenaizoneのみなさんから届いたメッセージをお渡しすると、「いつもこのお手紙を楽しみにして、ちゃんとファイルに挟んでいるんだよ。私が死んでからも何をしていたかわかるでしょう」と、とても喜んで下さいました。
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以前、ボランティアさんに作って頂いた、ベランダも健在です。他にも教えてもらった手芸などで趣味が広がったと作品がたくさん増えていました。
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 午後は、今の時期に釣れるという海水にいるワカサギ「ちか」という魚を釣りに出掛けました。「津波前は、自宅からすぐが海だったから、魚がいる!といってすぐに家に道具を取りに戻って釣りをしていたけど、いまは遠くなったから、気軽に来れないのよ」と。久しぶりの釣りを楽しんでおられました。帰りはバケツ一杯の大漁でした。
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 帰りは鹿さんがお見送り。大きな立派な角をした雄鹿でした。
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【東日本大震災】レポートNo.243

7月に、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。
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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
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 今回の岩手入りでは、毎年恒例となっている、盛岡にある老舗の川徳デパートさんでの「手しごと絆フェア」が今年で3回目を迎え、沿岸被災地で生まれたたくさんの手作りグッズの販売会が開催されるということで、「まけないぞう」もお邪魔しました。この企画にご尽力を頂いているのは、被災地グッズ・東京大学復興プロジェクトの似田貝香門教授です。似田貝先生は阪神・淡路大震災からずっと被災地を応援し続け、「まけないぞう」を通して、「災害時のボランティア経済圏」という論の研究をしてくれています。
 川徳さんは被災地グッズの応援をこれからも続けて下さるそうです。また、去年から協力して頂いている盛岡情報ビジネス専門学校の生徒のみなさんには、今回販売のご協力いただき、いつもとは違う活気ある会場になりました。
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 盛岡といった内陸部には、沿岸から避難したり、移住している人も少なくありません。実際に会場にも、被災者の方がたくさん来られました。お手伝いしていただいた学生さんの中にも被災された人もいました。まけないぞうを手にした人の中には、「家もなにも流され、娘は無事だったけど、あの時のことを思い出すと涙がでるわ」と涙をうっすら浮かべながら話す方もいました。いまだ癒えることのない心の傷が被災者にはあります。
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 こうして被災地のグッズの販売会をすることは、もちろん作り手さんの収入にもつながりますが、それ以上に被災者にとっては、あの時のことを忘れない、被災地を思い出してもらえる機会になります。被災地の手作りグッズを通して、被災地を感じ、被災者にとっては、懐かしいような語らいの場になります。普段はあまり人には言えない心の中にとどめている悲しい現実もここでならなんとなく話せるという場になっているんです。
 それはやはり被災地の手作りグッズは単なる商品ではなく、人々の心を癒すメッセンジャーなのです。「まけないぞう」も阪神・淡路大震災から20年余り「これは商品ではありません。被災地から被災地へメッセージを運ぶメッセンジャーなのです」と発信してきました。支援する側、される側ではなくお互いに支え合えるツールとして、「まけないぞう」は、みなさんに育まれてきました。これからもどうぞ被災地を、「まけないぞう」を忘れず応援してください。
 
 川徳デパート、盛岡情報ビジネス専門学校、関係団体のみなさん、この場をお借りしてお礼を申し上げます。
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まけないぞうの一言メッセージ
 梅雨の中、縫い重ねる内に、歌詞の一部のようにつぶらな瞳のかわいい子が増えていきます。だんだんに情けが移って「かわいい、かわいい」と愛される子でありますように願い、形がくずれないように熱中する・・・。そんな時がいまに至っています。
(2014年7月1日 陸前高田市 女性)

【東日本大震災】レポートNo.242

6月に、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。
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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  
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 まけないぞうを回収に行くと、作り手さんに「まだ、ぞうさんあるの??」と聞かれます。回収までの時間が長いとみなさん心配で「もう、ぞうさん終わりかと思った」と言われてしまいます。そして、「そんなことないですよ。まだまだずっと続きますよ」というと、にっこり笑って「あ~よかった。」と言ってくれます。
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 被災地の様子は、以前のレポートでもお伝えしたように、決して十分に被災者の方の意見が吸い上げられてはいません。高台移転や自力再建を望んでいた人も、先の見えない不安や遅々として進まない被災地を見て諦めて復興住宅に入る方、故郷を離れて内陸に移住する方など厳しい状況が続いています。
 先日、被災者の人からこんな話を聞きました。念願だった復興住宅にやっと入れた老夫婦が「人の声も聞こえない。ただ風の音だけがする。まるで牢屋に入れられているみたい。仮設へ戻りたい」とつぶやいたそうです。鉄の扉で遮られ近所の物音すら感じず、孤独と不安に襲われているのです。阪神・淡路大震災でもそうだったが、仮設は長屋住まいで隣人の物音も嫌が追うにも聞こえ、人の存在を感じることができるのです。しかし、鉄筋のコンクリートの復興住宅では物音一つせず、部屋にいても静まりかえってしまう。
そして、住み慣れた仮設では、近所との人間関係もできていたはずだが、新しい復興住宅では、また一からコミュニティを作らなければならないのです。以前ようにボランティアの訪問も減り、コミュニティをつくるきっかけも失われています。その言葉を聞いた別の被災者は「本当にコミュニティは大切だよ」というその言葉がいまも忘れられません。こうして被災者は、避難所から仮設、復興住宅と、何度も何度もコミュニティを作り直さなければならないのです。これは阪神・淡路大震災でも同じ状況でした。なぜ、このように不条理なことがまた繰り返されているのでしょう。
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そういう状況のなか、ぞうさんの作り手さんは、まけないぞうを作ることで心癒されています。陸前高田市の作り手さんのメッセージを紹介します。
「購入者・材料提供者・センターの皆々様、ありがとうございます。梅雨の中、縫い重ねる内に歌詞の一部のようにつぶらな瞳のかわいい子が増えていきます。だんだん情けが移って『かわいい、かわいい』と愛される子でありますように願い、型がくずれないでお客様に届いてねと願います。23年9月から心の穴を埋めるように熱中する・・そんな時が今に至っています。」(2014/06/22 岩手県陸前高田市 65歳女性)
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 別の作り手さんは、「ぞうさんを作り始めて3年が過ぎ、私も年をとり、腰が曲がってきました。でもぞうさん作りをしているととても若い気持ちで幸せです。私の作ったぞうさんが人の心を和ませるのか思うと涙が出ます。ぞうさんありがとう!」(2016/06/22 岩手県釜石市 88歳女性)
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 「私はイライラしたときに作るの。そうすると心が癒されて落ち着くのよね。ぞうさんに心癒されているのよ!」と言ってくれる人もいます。
 こうして、まけないぞうは3年半が過ぎた被災地で、静かに被災者の方たちに寄り添っています。
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【東日本大震災】レポートNo.241

6月に、再び岩手県に入った増島のレポートをお届けします。
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「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり
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 沿岸に車を走らせると、前回よりも山肌が大きくえぐられ、痛々しい姿が広がる。道路を造るため、宅地などの造成のために仕方のないことなのか??ある被災者は言う「破壊するのは一時、林にするには何百年もかかるんだよ!食糧は私たちのお腹を満たすけれど、緑は心を癒してくれるんだ。」と怒りをあらわにする。「外からきた偉い人たちや学者さんが計画たてるんだべ」・・・。別の人が「東北の木は南のほうと違って、成長が遅いからここまで成長するには本当に長い時間がかかるのよ」と。
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 海では防潮堤の建設も進んでいる。コンクリートの大きな固まり、鉄の杭を海に沈めて水門を作ったり、山や海が悲鳴をあげているように感じる。漁村のぞうの作り手さんは、「防潮堤を高くしたってダメなんだ。高台に行かないと。海が見えなければ恐ろしい。今回が想定外だったんだから。どうせ作ったってまた防潮堤を越してくる。おらたちの意見なんて誰も聞いてねぇ」・・・。国からのガイドラインには被災者ひとり一人の“つぶやき”に耳を傾けなさいと出ているはずだ。でも被災者の“つぶやき”とくに女性や子ども障がい者、外国人、高齢者などのマイノリティの声は自治体にも国にも届いてはいない。
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 6月25日付けの岩手日報には「巨大盛り土大丈夫?陸前高田、宅地造成に住民不安」と題して「東日本大震災の津波で被災した陸前高田市の市街地を再生する土地区画整理事業で、最大高さ12メートルという盛り土による宅地造成に対し、住民から安全性に不安の声が上がっている。事業主体となる市は従来の安全基準に沿って対策を講じる方針だが、今回は国内でも過去に例がないような大規模な盛り土造成。」と出ていた。他の地域では最大15メートルになるところもあり、山からでる水を心配したり、地滑りなど不安な声が聞こえてきます。時間がかかっても被災者の声を丁寧に吸い上げて、一人ひとりが納得できるような形で進めてほしい。
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 被災地では、なぜこんなところで進んでいるのかと疑問に思う場所もある。地元の人に聞くと砂防ダムの工事だそうだ。それはなぜか尋ねてみると、津波の前から決まっていた工事だから、粛々と進めるということだったそうです。いま優先すべきことは被災地の支援事業なはずです。砂防ダムの工事をすれば、ただでさえ人材や材料などが足りないのに、被災地の復興はまた遅れます。ヒアリングした現場でも、8ヶ月も工事が止まったままでつい2~3日前に工事が始まったという現場がありました。
 もっと被災者に寄り添った対応を考えてほしいものだ。
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~まけないぞうの一言メッセージ~
ぞうさんづくり継続が大事。がんばるぞう!!
(2014年6月9日 女性 大船渡市後ノ入)

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