団体概要

団体名称

日本語表記
被災地NGO恊働センター
英語表記
The NGO Collaboration Center for HANSHIN QUAKE Rehabilitation

事業内容(PDFファイルです)

2011年度 事業計画 予算 事業報告 決算
2012年度 事業計画 予算 事業報告 決算
2013年度 事業計画 予算 事業報告 決算
2014年度 事業計画 予算 事業報告 決算
2015年度 事業計画 予算 事業報告 決算
2016年度 事業計画 予算 事業報告 決算
2017年度 事業計画 予算 事業報告 決算
2018年度 事業計画 予算 事業報告

決算

2019年度 事業計画 予算 事業報告

決算

2020年度 事業計画 予算 事業報告

決算

運営体制

顧問 村井 雅清
代表 頼政 良太
総務部長  細川 裕子 
監事 橋口 文博(じゅうしん須磨寺)
河崎 紀子(阪神友愛食品(株))
運営委員 池田 啓一(都市生活コミュニティーセンター)
福永 年久(拓人こうべ)
岡本 千明

会則

コチラからダウンロードできます。(PDF)

事業ごと

災害救援事業
阪神・淡路大震災の際にKOBEは国内だけでなく海外からも多くの支援をいただきました。その時の「ありがとう」「困ったときはお互い様」の思いから災害救援活動がはじまりました。ボランティアは「なんでもありや」「最後の一人まで」をモットーに、様々な被災地の復興に携わりながら地域の自立を支える支援活動を行っています。
 海外の災害時には、「CODE海外災害援助市民センター」と連携し、活動を行っています。
寺子屋セミナー事業
災害救援やNGO、市民社会に関わる勉強会の「寺子屋」を年に数回開いています。講師を招き和やかな雰囲気のセミナーです!
 詳しい日程はMLなどで広報しています。
まけないぞう事業
 KOBEの「生きがい・仕事づくり」として1997年に仮設住宅の住民のアイディアから生まれました。全国から寄せられた新品タオルでぞうさんをかたどった手拭タオルを制作販売し、作り手の収入と生きがいづくりにつなげ、「手仕事を通して心の復興」を支援しています。
提言(アドボカシー)・ネットワーク事業
 活動から見えてきた課題を抽出し、行政や関係機関との協議の場を活用して、市民の立場からの提言をしています。
 また、ネットワークに関わり、情報交換を行ったり、協力して活動を行っています!
提言(アドボカシー)・ネットワーク事業
通信「じゃりみち」の発行
ホームページの充実
メーリングリストの活用
被災地NGO恊働センターとは
団体概要
被災地NGO恊働センターの歴史
スタッフ紹介
活動内容
災害救援と復興支援
終了した活動
けないぞう
足湯ボランティア
寺子屋勉強会
提言・ネットワーク事業
脱原発リレーハンスト
女性が担う地域防災塾
熊本地震救援活動
ご協力方法
寄付する!会員になる!
ボランティアで関わる
ライブラリー
じゃりみちバックナンバー
書籍のご案内
アクセス
フェイスブックタイムライン
ツイッタータイムライン
「2020年7月豪雨水害に関する支援ニュース 第127報」  2月に被災地を訪問して以来、2ヶ月が過ぎてしまいましたが、先日4月3日より被災地を訪ねて参りました。氾濫した球磨川の流域にある球磨村渡地区、同地下地区は、少しずつですが公費解体が進んでいます。発災から7カ月が経った2月のときは、まだ直後の悲惨な家屋の姿がそのままだったので、正直やっと動きだしたのかなぁ・・・・・と。被災者の方々は、ほとんど仮設住宅に住んでいて、昼間はこうした元の家に戻って片付けをされているお家もわずかばかりおられます。自力でリフォームをされているのでしょう。人吉市内の被災家屋ではボランティアの姿を見ることはあるのですが、ここ渡や地下地区ではボランティアの姿は皆無です。竜巻にあったのかと錯覚をするような甚大な被害にあった茶屋地区は、今回も全くそのままで、将来の話はまったく出ていないようです。 私は、現地にいる間は毎朝球磨川の堤防と先述の集落の中を歩くのですが、冬の間は真っ暗なのです。今回は夜明けが早くなっていることもあり、何故か茶屋地区は歩くのが憚れるような、何とも言えない気持ちになりました。 集落の中を歩いていると、解体したお家に「あれっ?」という変化に気づきました。それは、公費解体した土地で畑を耕していたのです。「仮設にいても、何もすることがないので、一日ボーとしてるのよ」という話をよく聞きますが、こうして畑に出て花や野菜を育てると元気になることでしょう。こうした光景を見ると、新潟地震(2004)では仮設住宅に敢えて畑ができるスペースを設けたのを思い出します。被災自治体はどうして過去の事例から学ばないのか首を傾げます。 人吉市内の大柿地区で全壊被害にあったお家の奥さんは、いつもお邪魔すると元気に、笑顔で対応して下さるのですが、この間ご主人と二人で8ヶ月かけてリフォームし、やっと8割がた再建が終えたところで国交省から遊水池候補の話が出て来たために、先の見通しが立たずがっかりされていました。「もう雨露さえ凌げれば、どんな家でもいい。私はここに住みたいのです。この畑でなんでん、かんでん育てていて、メロンも栽培していたこの地を離れるのが辛いのです。ここにはいっぱい思い出があり、庭もコツコツ綺麗に創ってきたのよ・・・・・」と涙ながらに、訴えるように語ってくれました。 災害に遭うというのは、こうしてその土地で、季節の移り変わりを感じながら畑を耕し、米を栽培しながら暮らしてきたものをすべて喪うということなのだとあらためて気づかされました。 26年前の阪神・淡路大震災のときに、「災害って、これまであったいろいろなつながりが、ズタズタに切られること」と言われてことを思い出さざるを得なかった瞬間でした。                                  (村井雅清)〈〈相変わらずお米を集めています!〉〉 昨年7月4日に豪雨災害が発生し、9カ月が過ぎました。有難いことに、今でも被災地にお米をと送って下さる方が途絶えません。ほんとうに心から感謝致します。お米はほんとうに喜ばれます。仮設住宅を訪問していても、お独り暮らしの方々も「お米は自分で焚きます」という方ほとんどです。今後ともよろしくお願いします。【送り先】〒652-0801 兵庫県神戸市兵庫区中道通2-1-10 TEL078-574-0701被災地NGO恊働センター」まで(注)現金でもお受けしていますので、下記の方法でお申し込みください。その場合通信欄に「お米代」とご記入ください。*当センターの活動内容はブログで写真もぜひご覧ください。ngo-kyodo.org/2020kyusyunanbu/■活動支援金のご協力をお願い致します。・クレジットカードでも寄付ができます。 congrant.com/project/ngokobe/605・郵便振替 口座番号:01180-6-68556/加入者名:被災地NGO恊働センター・銀行振込 ゆうちょ銀行 一一九支店 当座番号 NO.0068556 名義:ヒサイチNGOキョウドウセンター*お手数ですが、備考欄に「7月豪雨」もしくは「POSKO 」と記入して下さい。-- ※"まけないぞう"支え合い募金にご協力ください。 http://ngo-kyodo.org/cooperation/donation_and_membership.html■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 被災地NGO恊働センター   E-mail info@ngo-kyodo.org   TEL 078-574-0701 FAX 078-574-0702   〒652-0801 神戸市兵庫区中道通2-1-10 【HP】http://www.ngo-kyodo.org/ 【Facebook】https://www.facebook.com/KOBE1.17NGO 【東日本支援活動ブログ】http://miyagijishin.seesaa.net/ 【☆脱原発ハンストを実行する有志のブログ】http://blog.canpan.info/stopnps/■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ... See MoreSee Less
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コロナが酷くなってきていますが、まけないぞう🐘🥰リピーターの三重県や福島県の方からご注文頂きました!いつもありがとうございます。 ... See MoreSee Less
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→ブログでぜひ写真もご覧下さい。miyagijishin.seesaa.net/article/480827818.html━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  ……………………………………………………………3月16日、遠野でも「一針一針心をこめて10年~糸にかけた夢舞台~」と題して、つるしびな制作指導会の閉講式が行われました。当センターでは2011年3月25日から遠野入りし、10年間の記憶が走馬灯のように頭を駆け巡りました。当時、遠野市社会福祉協議会を中心に地元のNPOやJC、地元ボランティアで作る「遠野まごころネット」の立ち上げのお手伝いをさせて頂きながら、まけないぞうや足湯などを中心に活動を展開してきました。その後、遠野市にもコミュニティケア型の木造仮設住宅が建設されました。遠野市は交通の要衝でもあり、沿岸地域にそれぞれ約1時間ほどで行くことができます。そんな条件も相まって仮設住宅には、沿岸地域の気仙町、陸前高田市、大船渡市、釜石市、大槌町、山田町など広範な地域から避難してきた人たちが入居していました。サポートセンター(集会所)には遠野市社会福祉協議会から生活支援員が配置され、ボランティアと連携しながら被災者のみなさんに丁寧に寄り添って来られました。まけないぞうやつるしびなをしていたみなさんも10年という長い月日を過ごしてきました。10年の間に遠野に家を再建した人、仮設住宅の材料を使って木造の市営住宅ができ、仮設から市営住宅に移った人、それぞれ故郷から離れたものの、「遠野はいいところだよ。津波の心配はないし」とそれぞれ終の棲家での生活をスタートしました。この間、多くの方が遠野を訪れ、支援活動を行い、モノづくりを通してたくさん交流が生まれました。被災者も支援者も支える支えられるという一方通行の関係を超え、お互いに支え合い、励まし合う関係が生まれました。“モノ”って不思議な力があります。その“モノ”を介して、お互いの想いが交流し、人間関係が深まっていくのです。閉講式に参加されたみなさんお一人お一人感想を述べてくれました。~作り手さんの感想~〇震災前に鬱になり、震災後も仮設ではみんなが集まるところへは行けなかったし、なにか人前で話してと言われても絶対にできなかった。人と話すのも怖かった。最初に「まけないぞう」を作って、加代子先生に「大丈夫。大丈夫。これ(作品)が宝物だよ」と言われて、できるようになった。本当に遠野っていいところだな。こんないい人たちもいて。これからも終わらずにご指導ください。〇裁縫は苦手だけれど、みなさんに支えられて作ることができました。震災でたくさんのものを失ったけれど、みなさんからたくさんのものを得ることができました。〇“モノ”を作っていると、何も考えずに夢中になって、心が癒されました。~ふきのとうの会のメンバー~〇この震災でボランティアが初めてで、わからないこともたくさんあったけれど、遠野でボランティアの芽が開花したと思います。初めてのボランティア活動で何もわからなかったけど、まけないぞうやつるしびなの活動をして、みなさんからたくさんのことを教えてもらいました。〇「私もこうして、みなさんのお陰で参加することができました。」〇「みなさんとは、5年間のお付き合いでした。ひなまつりや日帰り旅行とか楽しかったです。これからも近いのでみなさんとお付き合いしていきたいです。」~ボランティアさんの感想~〇「10年目にしてはじめて被災地に来れました。知らなかったこともたくさん知ることができました。」津波にすべてを奪われ、何もかもをなくし、0よりマイナスからのスタートとなり10年。なんとかここまでたどり着きました。みなさんやっと終の棲家をみつけ、「ここ遠野に来て、やさしい遠野のみなさんに囲まれて、私はいま幸せです」という言葉を聞いて少しほっとできました。                                 (増島 智子)-- ※"まけないぞう"支え合い募金にご協力ください。 http://ngo-kyodo.org/cooperation/donation_and_membership.html■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 被災地NGO恊働センター   E-mail info@ngo-kyodo.org   TEL 078-574-0701 FAX 078-574-0702   〒652-0801 神戸市兵庫区中道通2-1-10 【HP】http://www.ngo-kyodo.org/ 【Facebook】https://www.facebook.com/KOBE1.17NGO 【東日本支援活動ブログ】http://miyagijishin.seesaa.net/ 【☆脱原発ハンストを実行する有志のブログ】http://blog.canpan.info/stopnps/■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ... See MoreSee Less
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東北の岩手から戻り、神戸はすっかり桜の季節となりました🌸今週も佐賀や神奈川からまけないぞうのご注文を頂きました。京都からは春らしい色の負けないぞう用のタオルが届きました。みなさんありがとうございます🥰🐘 ... See MoreSee Less
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被災地NGO協働センターです。岩手を訪問した増島のレポートです。→ブログでぜひ写真もご覧下さい。miyagijishin.seesaa.net/article/480653685.html━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  …………………………………………………………… 久しぶりの岩手訪問で、たくさん会いたい人、お話したい人がいます。ご夫婦で沿岸から遠野市に移り住んで10年。沿岸に比べると冬は寒くて、夏は暑いとよく言われる遠野市ですが、神戸と比べたら、冬の寒さは厳しいですが、夏はクーラー要らずで、自然豊かな土地です。四季折々の風景は、忘れかけた日本の原風景としてあちらこちらに残っています。 10年前、釜石市の鵜住居で津波に襲われ、命からがらに逃げたご夫婦は、遠野の仮設で数年過ごした後、そのまま遠野市内に中古の家を購入し、2人で仲良く暮らしています。ご主人は避難した高台から一変した町の風景を眺めていた時「あの当時、たくさんの“ガレキ”をみて、一体いつ片付くんだろうかと思っていた時に、下を走る道路に高槻の消防車や大阪の救急車などが走ってきて『よし!これで大丈夫だ!』と思ったよ」と涙ながらに話してくれました。壊滅的な被害を受け途方に暮れる中で、応援車両は被災地のみなさんの希望の光として映ったに違いありません。国内のみならず、海外からもたくさんの支援が届きました。ご主人は続けて、「あの津波で世界170ヶ国からの支援してもらったんだ。インドのニューデリーからも支援に来てくれて、小さな子どもたちが、靴磨きをしてためたお金を寄付してくれたんだ!そんなお金を無駄にはできない。」と涙ながらに話してくれました。いまの被災地の復興の在り方をみて語気を強めました。海は防潮堤が町を取り囲み、町には不似合いな大きな建物が立ち並び、空き地が目立ちます。これが本当に住民が求めていた復興なのでしょうか? ご主人は「いつか故郷の虎舞をお世話になった遠野で披露したい」と笑顔で語ってくれました。いつかこの夢が実現できる日を心待ちにしています。               (増島 智子)※"まけないぞう"支え合い募金にご協力ください。 http://ngo-kyodo.org/cooperation/donation_and_membership.html■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 被災地NGO恊働センター   E-mail info@ngo-kyodo.org   TEL 078-574-0701 FAX 078-574-0702   〒652-0801 神戸市兵庫区中道通2-1-10 【HP】http://www.ngo-kyodo.org/ 【Facebook】https://www.facebook.com/KOBE1.17NGO 【東日本支援活動ブログ】http://miyagijishin.seesaa.net/ 【☆脱原発ハンストを実行する有志のブログ】http://blog.canpan.info/stopnps/■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ... See MoreSee Less
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被災地NGO協働センターです。岩手を訪問している増島のレポートです。→ブログでぜひ写真もご覧下さい。miyagijishin.seesaa.net/article/480455106.html【東日本大震災】レポートNo.307: 東日本大震災 救援レポート━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり   …………………………………………………………… 3月11日、あの津波から10年の月日が流れました。犠牲になられた方たちは行方不明者、関連死も含めると2万2192名となります。犠牲者のみなさんには心よりご冥福をお祈りするとともに、行方不明者の方が一日でも早くみつかりますように願ってやみません。 午後2時46分、遠野市の復興住宅の脇にある公園で行われた追悼式に参加しました。 あの日、大槌町から遠野市まで歩いて山を越え、助けを求めにきた被災者の方がいました。「沿岸が大変なことになって..miyagijishin.seesaa.net━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  ……………………………………………………………3月11日、あの津波から10年の月日が流れました。犠牲になられた方たちは行方不明者、関連死も含めると2万2192名となります。犠牲者のみなさんには心よりご冥福をお祈りするとともに、行方不明者の方が一日でも早くみつかりますように願ってやみません。午後2時46分、遠野市の復興住宅の脇にある公園で行われた追悼式に参加しました。あの日、大槌町から遠野市まで歩いて山を越え、助けを求めにきた被災者の方がいました。「沿岸が大変なことになっている」と。そして、遠野市は後方支援として沿岸にボランティアを派遣し、長期間の支援活動が始まりました。私達も、遠野のみなさんを中心にボランティアとともに避難所、仮設住宅、復興住宅などを訪問しまけないぞう作りをしてきました。 まけないぞうは今までの被災地では少し落ち着いた頃の仮設住宅からスタートすることが多かったのですが、今回の東日本大震災では避難所からのスタートでした。まだまだライフラインや物資も不足する中での活動には、正直躊躇するところもありましたが、被災者のみなさんがまけないぞうを作りながら、「久しぶりに針を持ったわ。」「今日は頭を動かしてよく眠れるわ!」「ずっと津波のことを考えていたけれど、夢中になって津波のこと忘れることができたわ」などの感想を話してくれました。それから不安は消え去りました。2011年当時の作り手さんのメッセージを紹介します。***************************************美容師として仕事をし、9年前に念願だった店舗を構え、美容室を経営していましたが・・・この震災で何もかもきれいさっぱり波にのまれてなくなってしまいました。避難所での生活は今まで味わったことのないくらい悲惨で、人間関係に苛立ち、泣きながらの毎日でした。そんな時、このまけないぞうに出会いました。もともと裁縫は苦手ではなかったので、やっているうちに楽しさを覚え、何も考えることなく時間を過ごし、いろんな人と出会い、何より仕事を失った今では少しでも家計の足しに…。時には自分のお小遣いなーんて!まけないぞうに出会えて本当によかったと思っています。今では子ども達も手伝ってくれるんですよ!まけないぞうがんばって作ります***************************************こうして、この10年間、被災者のみなさんに寄り添い、ともに歩んできたまけないぞう。辛いことばかりではなく、楽しいこともたくさんありました。多くの人たちとの出会いが被災者の人に元気と勇気を届けてきました。10年経ったいま、町の景色は様変わりしました。被災地は盛土による造成地が広がり、海にはコンクリートの要塞のような防潮堤が立ち並び、復興道路という名のもとに山は削られ、行き場を失った獣が町を闊歩しています。造成地を作ったものの空き地が多く、昼間でも町を行きかう人はまばらです。「こんなはずじゃなかった。まるで変っちゃたよ」という被災者の言葉がむなしく響きます。コロナ禍により一層問題は深刻化しています。せっかく再建を果たしても、コロナの影響で漁師は漁獲量が減り、旅館は宿泊客が激減し、商店も売り上げが減少するなど、2重3重にも被災者に追い打ちをかけています。10年目にして「これからが本番だよ」という被災者の言葉を噛みしめながら、私たちにできることを今後も続けていきたいと思います。どうぞこれからもよろしくお願い致します。 (増島 智子)-- ※"まけないぞう"支え合い募金にご協力ください。 http://ngo-kyodo.org/cooperation/donation_and_membership.html■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 被災地NGO恊働センター   E-mail info@ngo-kyodo.org   TEL 078-574-0701 FAX 078-574-0702   〒652-0801 神戸市兵庫区中道通2-1-10 【HP】http://www.ngo-kyodo.org/ 【Facebook】https://www.facebook.com/KOBE1.17NGO 【東日本支援活動ブログ】http://miyagijishin.seesaa.net/ 【☆脱原発ハンストを実行する有志のブログ】http://blog.canpan.info/stopnps/■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ... See MoreSee Less
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━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━「まけないぞう」がつなぐ遠野ものがたり  …………………………………………………………… 3月9日は一年ぶりに陸前高田市を訪問しました。今日は「つるしびな制作指導会閉講式」が行われました。 これは、私たちが東日本大震災から続けているまけないぞうをきっかけにお出会いした遠野市の手芸サークル「ふきのとうの会」のみなさんが主催したものです。「ふきのとうの会」のメンバーは2011年、避難所を毎日のように一緒に回ってまけないぞうづくりのお手伝いをしてくれました。そして、陸前高田市の避難所でまけないぞうを作っていた二人の被災者の方が、市内にある高田高校のグラウンドにできた仮設住宅に引っ越し、2011年6月末に初めてその仮設住宅でまけないぞう作りを始めました。当初、集会所がなかったので遠野からテント、椅子、長机を持ち込み、仮設住宅の隙間にセットしてまけないぞうづくりなどをしました。 そこでも「ふきのとうの会」のメンバーのみなさんが、まけないぞうの作り方を一緒に指導してくれたのです。2011年の秋頃からは「ふきのとうの会」のメンバーがつるしびなの講習会を開始し、月に1回のペースで今日まで続けてこられました。そして、年に一度遠野市の松崎地区センターにてひなまつりの時期にあわせて約2週間にわたって、一年間で作り上げたつるしびなを展示し沿岸の被災したメンバーの方たちと交流会を兼ねてきました。これまでにみなさんおひとりお一人が作った作品は97個にもなるそうです。今日の閉講式では、みなさんがこの10年を振り返り、感想を話してくれました。「ふきのとうの会」のメンバーの中には、3名の方がすでに亡くなられていて、その方たちへの黙祷をし、ご冥福を祈り、式が進められました。 その後、被災されたみなさんあの当時のこと、忘れたくても忘れられないと鮮明に残る記憶に涙しながら話してくれました。奇しくもこの日の朝10年前と同じように地震に見舞われ、みなさんあの時のことを思い返していたのです。3月9日に地震があり、11日にあの大津波が起きたのでした。津波に流され、一晩中家の屋根の上で凍えて過ごした人、職場から逃げ、家族の安否がわからず配られたおにぎりも喉を通らなかった人、黒い壁(津波)が押し寄せてきて、命からがら逃げた人、旦那さんと一緒に波にのまれ、旦那さんが亡くなり、自分は気づいたら病院のベッドの上にいて、いままで必死に生きてきたという人、本当にそれぞれの物語があり、津波の恐ろしさをあらためて感じました。その後、辛くてどうしようもなく、仮設住宅でも隣近所知らない人たちとの暮らしがはじまり、まけないぞうやつるしびなといった作品を作ることで一瞬でも津波のことを忘れたり、みんなで笑ったり、泣いたりしながら交流を深め10年という歳月を歩んできました。 「ふきのとうの会」の代表菊池加代子さんは「最初は、支援できていたけれど、そのうちどっちが指導されてるんだかわからなくなって、いまは交流になって、被災者と支援者ではなくもう“友達”になりました」と話してくれました。ものづくりを通して、こうして豊かな人間関係が生まれ、10年経ちました。今回でつるしびなは一区切りとなりますが、これからはまけないぞうが岩手に来た時に遠野の人たち沿岸にお連れして、交流を続けていきます。「ふきのとうの会」のみなさん10年間本当にお疲れさまでした。そしてありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願い致します。そして、式の最後にはまけないぞうとの出会いを記念していままで作り続けてきたまけないぞういっぱいのタペストリーを頂きました。まけないぞうからは10年間ご支援を頂いているmakeanzioneのみなさんから頂いたお手紙をお届けしました。コロナ禍ではありますが、心と心は密につながり、県を超え、国を超えてつながっています。(増島智子) ... See MoreSee Less
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