被災地NGO恊働センターは「最後の一人まで」をモットーに災害救援に取り組む団体です。

新着ニュース

台風19号支援:Yahooネット募金を開設しました

このたび、新たな寄付方法としてYahoo!ネット募金を開設しましたのでお知らせします。

https://donation.yahoo.co.jp/detail/5240001/

クレジットカードまたはTポイントで寄付が可能です。Yahoo! JAPAN IDをお持ちであれば、所要時間 約1~2分で寄付が完了します。(Yahoo! JAPAN IDは無料で取得できます)。Yahoo!ネット募金では、お持ちのTポイントで1ポイントから寄付ができることが特徴です。

みなさまのご支援をよろしくお願いいたします。


2019年台風19号の救援活動を開始します。

2019年台風19号による豪雨災害の支援活動を開始します。ご支援・ご協力をよろしくお願いします。

★活動支援金を募集しています。                     ゆうちょ銀行 一一九(イチイチキュウ)支店 当座 0068556
郵便振替:01180-6-68556 口座名義:被災地NGO恊働センター

★クレジットカードでもご寄付いただけます。
https://congrant.com/project/ngokobe/605
*備考欄に「2019年台風19号」と記載ください。






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2019年8月秋雨前線による豪雨災害の救援活動を継続しています。

2019年8月の秋雨前線による豪雨災害の支援活動を開始します。ご支援・ご協力をよろしくお願いします。

★活動支援金を募集しています。                     ゆうちょ銀行 一一九(イチイチキュウ)支店 当座 0068556
郵便振替:01180-6-68556 口座名義:被災地NGO恊働センター

★クレジットカードでもご寄付いただけます。
https://congrant.com/project/ngokobe/605
*備考欄に「2019年8月豪雨」と記載ください。




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インターンの学生インタビュー

インターンに参加してくれた神戸学院大学の難波さんに、ボランティアへの想い、インターンに参加するにあたっての想いなどを語っていただきました。

インタビュー記事はこちら




防災・減災プログラムのご案内

当センターで行なっている災害ボランティアや防災・減災プログラムについての講演・研修メニューをまとめたパンフレットを作成しました。
ぜひご覧ください。

パンフレットはこちら


平成30年7月豪雨に対する支援活動を継続しています。

7月はじめからの大雨による各地の災害に対して支援活動を継続しています。ご支援・ご協力をよろしくお願いします。

★災害救援金を募集しています。
ゆうちょ銀行一一九(イチイチキュウ)店 当座0068556、郵便振替:01180-6-68556
口座名義:被災地NGO恊働センター
*「201807豪雨」と明記下さい
★クレジット寄付のページ
https://congrant.com/project/ngokobe/605


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ニュース更新!熊本県西原村で支援活動を展開しています!

熊本県阿蘇郡西原村を拠点に現地団体である西原村rebornネットワークをサポートしつつ支援活動を行っています。活動支援金も募集しています。

活動の特設HPはコチラ↓

2016年熊本地震


西原村の方による新潟の視察の様子
西原村の方による新潟の視察の様子

トピックス

大阪北部地震に関するニュース

2018年6月18日に発生した大阪北部地震について、現地での調査等を開始しています。

詳しくはブログをご覧ください。

http://ngo-kyodo.org/osaka-jishin/


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物で寄付できる仕組みに登録していただきました。

一般社団法人ウルノスの運営する「Kifu de Mode」に登録していただきました。

こちらのサイトを経由することでご家庭の不要な物などでご寄付いただくことができます。

詳細はコチラからご覧ください。


能登半島地震10年の記録誌が完成しました

2017年3月25日で能登半島地震から10年を迎えました。被災地に通った足湯ボランティアが改めて聞いた10年目の能登の記録です。
Web版はこちら

「震災被災者と足湯ボランティア」発売中

足湯ボランティアの歴史、効用についてまとめられた「震災被災者と足湯ボランティア」好評発売中です。
詳細はこちらから


震災被災者と足湯ボランティア
震災被災者と足湯ボランティア

阪神・淡路大震災から20年KOBE市民とNGOフォーラム2015終了しました

多くの方にご参加いただき、ありがとうございました。震災21年目の歩みを踏み出す宣言とアクションプランをフォーラムの議論を受けて作成いたしました。下記からダウンロード出来ます。ぜひご覧下さい。
○宣言はコチラ
○アクションプランはコチラ
※詳しくは活動紹介のページ


阪神・淡路大震災から20年KOBE市民とNGOフォーラム2015
阪神・淡路大震災から20年KOBE市民とNGOフォーラム2015

まけないぞう続けています。

2011年5月8日から東日本での「まけないぞう」がスタートしました。タオルを送って支援、まけないぞうを買って支援ができます。今後も継続して「まけないぞう」を通じた「生きがい・仕事づくり」を継続していきます。
ロイター・ビジネス・ウィークリーでまけないぞうが紹介されました!
作り手さんの声
買い手さんの声

最新のニュースはこちらからどうぞ

http://miyagijishin.seesaa.net/article/469954525.html


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被災地NGO恊働センターとは
団体概要
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災害救援と復興支援
終了した活動
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検証寺子屋を前に(第9回メッセージ)
 前号で芹田の「最後の一人」という思想は、阪神・淡路大震災に遭遇することによって、最後の一人の生存権の根拠を確信したと紹介した。それは「「我々の経験では、最後の一人の生存権の根拠は我々の人間としてのつながりにこそある。」ということであった。筆者はこのことを「似田貝の理論とも異なるものではないと思うが、特に災害被災地において一人ひとりの被災者に寄り添い、孤立させないという、支援者の根本姿勢は共通するものと言えるのではないだろうか?」と解説した。
 『自立支援の実践知』の序(はじめに)で、似田貝は「私たちは、支援者との対話を通じて、<生の固有性>という考え方を背後に持つこうした支援活動の要は、支援活動現場での、支援者と被災者の間の<語る—聴く>という関係行為にこそある、と考えるようになってきた。」と解説している。
 このことは、芹田の言う「人間としてのつながり」を築き、育んでいくのは、被災者に寄り添い孤立させないということであろう。この被災者と支援者との関係は<語る—聴く>という行為から始まるのではないか。もちろん、ボランティアとは「黙って傍にいること」という研究者もいるように、言葉を介してという意味合いだけではないと理解したい。語るは、目で語る、心で語るという表現もあり、聴くは、心の奥底からの叫びを聴くという意味でもある。
 故秦洋一(朝日新聞社の論説委員)は、当NGOの寺子屋で「大事なのは被災者を孤立させない人権運動である。」と語った。 当NGOが事務局を担ってきた「市民とNGOの『防災』国際フォーラム」でも「自立は支え合いから」と発信し、「寄り添いからつながりへ」とメッセージを届けてきた。こうして25年間の中での注目すべきキーワードをパズルを完成させるようにつなげれば、「人権運動として、災害時に被災者を孤立させないために、ボランタリーな支援行為によって、人と人がつながるということが、何をおいても大事なことだ」ということか。
 似田貝は、「支援活動の<生の固有性>という視点こそ、大震災の支援活動の最も特異な視点であった。それは、個々の人間の生存様式としての固有性に「こだわる」支援行為である。そして、この特異的な支援の基本思想は、「自立・自律とは『支え合いである』」という<実践知>に結実する。」
と結んでいる。
 さて、おかげさまで12月18日の検証寺子屋「『支援の実践知』とその検証」は定員オーバー気味なのでこれで申し込みは終了します。本番まで、あと6日となりましたが、この「検証寺子屋を前に」で投げかけてきたメッセージも参考にし、25年間の検証のエキスを抽出したいと思います。みなさま、楽しみにしています。では、12月18日にお会いしましょう。         (村井雅清)
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検証寺子屋を前に(第8回メッセージ)
  前回に予告したように、芹田健太郎(神戸大学名誉教授)がこのことを公式に発表したのは、神戸新聞社の客員論説委員として1997年12月27日の客員論説『21世紀への針路 最大多数の最大幸福から脱せよー少数者の幸福求め 政治原理の転換を』での執筆文章である。
 長い文章だが、全文を以下に紹介する。
 ―「最大多数の最大幸福」は、18世紀から19世紀にかけて生きたイギリスのベンサムの立法原理としての主張である。最大多数の最大幸福は平等な人びと、つまり最大多数から選任・解任される政治家が国家権力を行使する場合に実現される。この考えは、万人の権利の拡大を望み、階級的な権利享受に彩られていた少数者の特権階級社会という古い前提を廃止するのに役立ったし、政治的には、ベンサムはイギリス急進主義の指導者として、意図せずに社会主義学説への道を用意した人として評価されている。
    しかし、仮に、ここに100人がいるとすれば、多数は51人、重要問題を決める際の3分の
 2多数は67人、そして最大多数は99人である。つまり、我々の民主主義では、最後の一人はどうしても切り捨てられる。だが、最後の一人という言葉には我々は特別な思いを持っている。3年前の、あの1月17日、身を切る寒い闇の中の救出作業、その後の壊れた建物の中からの救出でも、最後の一人が助け出されるまで、我々は必死に祈り、助け出されて安堵した。その最後の一人の重さである。
最後の一人の生存権
 ところで、教育刑主義をとったことで知られる東京帝大教授牧野英一に「最後の一人の生存権」という論稿がある。関東大震災を生きた牧野は、1924(大正13)年8月の札幌における家庭学校記念講演をもとにしたこの論文の中で、第一次世界大戦後のドイツのワイマール憲法と日本の動きに関しおもに所有権と契約の自由の変容として取り上げ、社会政策的な方向が著しいことを指摘している。たとえば、地主家主に無闇な追い立てを禁じた大正10年の借地借家法と、さらにこれを拡大した翌年の借地借家調停法が関東大震災に際して発揮した意味を「人人の住居と営業とが地主と家主の所有権に因って甚だしく脅威された」が、「住居と営業との為に、兎も角も、安定を全うし、復興の基礎を築いたのは借地借家調停法のおかげであった」と言う。この調停の結果を基礎として、大正13年に借地借家臨時処置法ができた。牧野は、生存競争との関連では、従来、慈善事業といわれ、次いで、救済事業とされたものは、いずれも、「所有階級の温情の発露」と見るべきものにすぎず、今では、社会が社会として社会全体の為に経営する事業となった、と考え、「社会が、その最後の一人の為に生存権を保全せんとするの理想を意味する」という。そして、一部の政治家は、行財政の整理を不急の仕事である社会事業から始めるべきと言っているが、今日の情勢からすれば、社会事業ないし社会政策を大きな問題として扱わないのは「時機におくれた仕業」となっていると主張した。
  さて現代社会の現実では、多数者は常に強く、少数者は弱い。地震のときの経験に照らせば、弱いのは、高齢者、障害者、こども、外国人、失業者などの少数者であった。経験的に、多数の幸福は常に確保されている。
   人間としてのつながりを
多数決原理から考えても、多数者の幸福は実現できる。だから、立法原理としては少数者の幸福にこそ目を向けるべきである。少数者の幸福が実現されれば万人が幸福である。万人の幸福は、最後の一人が幸福になって初めて実現する。牧野は、最後の一人の生存権を主張する根拠に、最後の一人まで戦うことを国民的理想とした第一次大戦を思い、最後の一人の生存権を保全することによってその最後の一人までを必要なら戦わせることができることを挙げている。つまり、最後の一人の生存権の原理は、国家をさらに強固にし、さらに偉大にし、さらに尊厳ならしめる原理と位置づけているのである。しかし、牧野は時代に抗することができなかったというべきであろう。我々の経験では、最後の一人の生存権の根拠は我々の人間としてのつながりにこそある。今こそ、立法・行政原理としては、最大多数の最大幸福から脱却し、少数者の幸福の徹底した重視へと転換しなければならないであろう。
                    (せりた・けんたろう=神戸大大学院国際協力研究科教授)―

芹田健太郎は、「我々の経験では、最後の一人の生存権の根拠は我々の人間としてのつながりにこそある。今こそ、立法・行政原理としては、最大多数の最大幸福から脱却し、少数者の幸福の徹底した重視へと転換しなければならないであろう。」と締めくくっている。似田貝の理論とも異なるものではないと思うが、特に災害被災地において一人ひとりの被災者に寄り添い、孤立させないという、支援者の根本姿勢は共通するものと言えるのではないだろうか?やはり「つながり」が大切なキーワードである。(続く)                      村井雅清
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検証寺子屋12月18日を前に(第7回メッセージ)
 「検証寺子屋12月18日を前に(第6回メッセージ)で予告したように、本書『支援の実践知・・・・・』の「8章〈ひとりの人として〉を目指す支援の実践知」で、似田貝が解説する「バラバラで、(なお)一緒!」について紹介する。その前に、前号でこの「バラバラで(なお)一緒」を提案したのは、兵庫県の真宗大谷派の僧侶であったと言った。その僧侶は、玉光順正(真宗大谷派光明寺住職)さんであり、「人間にとって互いに悲しみうめき、苦しむことは非常に大事で、それによって初めて人は繋がることができる。」と解説しておられる。
さて似田貝の解説に移る。
「(なお)一緒」とは、「一緒」というのは目標が一緒、というのではない。「条件によっては、事柄によっては、場合によっては」(2004/03/06)、「苦しくなったとき」(2007/03/17)という制約条件、特異的条件のある水準で、〈具体的、一時的、局所的〉な〈出会い―組み合わせ〉という集中的ネットワークを組む、という意味である。
「被災地NGO恊働センター」を構成する、支援活動の各ユニットが、それぞれの多様な出来事に対し、複雑な制約条件の下で、多様な活動を行っている。各ユニットが自立して、なんとか支援活動が可能な限り、「急いでは、無理に一緒にならない」という。その意味では、相互に「違っていてよい」(2004/03/06)という。「異なるものは、異なるままに」(2007/03/17)ともいう。拙速に同格にならないのである。
 この意味で、なによりも「バラバラで、(なお)一緒」とは、「異なるものは異なるままに」、互いに補いあい助けあって、共存する、多様性の活動組織を包み込む実践原理といえる。」

これまで「何でもありや!」「十人十色」「最後の一人まで」「バラバラで、(なお)一緒」と、支援の実践知としての大切なキーワードについて考えてきた。当NGOの25年を前にしての検証寺子屋では、大切なテーマは「次世代に何を伝えるのか?」ということでもある。阪神・淡路大震災からこの24年間の節目を振り返ると、その都度、行政も、私たち市民も、「伝える」ということを発信してきた。しかし、「何を?」がしっかりと深められないまま、過ぎてきてしまった感も否めない。「つなぐ」ことの大切さも併せて言い続けて来た。例えば、この「つなぐ」は、「ネットワーク」にも関連するが、
ネットワークの為のネットワークに満足しないように、深めなければならない。
 そのためのヒントとして、すでに触れたように似田貝香門の『自立支援の実践知』を貫く基本的なモティーフである、「支援者の苦しみ、弱さからの〈受動的主体の主体化〉」がキーワードであると思う。私は、このことは、本回で先述した真宗大谷派僧侶の玉光順正さんが言われた「人間にとって互いに悲しみうめき、苦しむことは非常に大事で、それによって初めて人は繋がることができる。」というメッセージにつながるものと理解したい。この「つながる」に関連して、次回は第5回メッセージで宿題とした、芹田健太郎(神戸大名誉教授)が掲げた「最後のひとり」について詳しく紹介する。(続く)                                            村井雅清
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検証寺子屋12月18日を前に(第6回メッセージ)
 前回告知したように、「バラバラで(なお)一緒」について解説する。そもそも私がこのメッセージに出会ったのは、京都の真宗大谷派の本山に行ったときに、ちょうど「蓮如上人五百回御遠忌法要」の年で、その基本テーマが、“バラバラでいっしょ-差異をみとめる世界の発見”であった。私はこのメッセージにとりつかれ、知人の真宗大谷派の僧侶にその深い意味を知ろうと聞いてみた。このメッセージを提案したのは、兵庫県の真宗大谷派の僧侶であった。そしてその僧侶は、実は兵庫県播磨町に住む在日韓国人である女性からのメッセージを受け、本山に提案したものだとわかった。なんと、その女性は私の高校時代の後輩の親戚の女性で、一度お会いしたことのある人だったのだ。縁というものは、ほんとうに不思議だ。
 さらにその女性が伝えたメッセージは、「バラバラで(なお)一緒」と、「なお」が入っていたとのこと。前述の僧侶は、この意味を「人間にはいろんな差異がある。その意味ではバラバラだが、一方で同じ問題を抱えながら生きていく。つまり、個々の差異を認めながら共通の問題を解決していく。そういう社会をつくることが望ましい」(『桐山秀樹「庶民の煩悩に応える現代の念仏者たち」より引用)ということであった。
 この「なお」の二文字に込められている思いには深いものがあると感じた。バラバラを探求していくと、似田貝の言う「個の有限性」につきあたるだろう。当然、バラバラということは、「十人十色」でもある。真宗大谷派のHPには、「差異は役割でもなく、優劣でもありません。私たちがそれぞれに固有のいのちと歴史をもって、一人の人間として生きていることの証です。」とある。つまり、芹田の言う「最後の一人」というというのは、最後の一人の生存権を保障するということだと理解する。
 支援者が、災害を受けた被災者の暮らしの再建に関わるときに、「生の固有性」を尊重しつつ、その被災者が望む再建を、共に考え、共に実践する(もしくは学ぶ)ことが「なお」の二文字に埋め込まれているのだと理解したい。阪神・淡路大震災から25年を前にして、いわゆる「ネットワークのためのネットワーク」を形成し、ものごとの解決を図ろうとする安易な方策は、根本的な解決にはつながらないということが、今にしてやっとわかってきた気がする。「なお」の意味は深い。本書『支援の実践知・・・・・』の「8章〈ひとりの人として〉を目指す支援の実践知」で、似田貝が解説する「バラバラで、(なお)一緒!」については、次号で紹介する。(続く)                       村井雅清
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被災地NGO恊働センターです。 すでに12月18日に開催します寺子屋「阪神・淡路大震災25年「いま」を担う世代と共に考える寺子屋勉強会~ボランティアは社会を変えられるのか?~」のご案内を差し上げていますが、まだ若干の空席がありますので、ご関心のある方は是非申し込みください。定員15人限定です。お手数ですが、申し込みは担当の村井まで連絡して下さい。(村井 090-3160-3816) ... See MoreSee Less

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検証寺子屋12月18日を前に(第5回メッセージ)
 前号で、―人間誰もがこの「弱さ」を秘めているように思う。金子郁容は、「ボランティアは、ボランティアとして相手や事態にかかわることで自らをバルネラブルにする」(バルネラブル=傷つきやすさ)という。―と紹介した。『自立支援の実践知』の序を読むと、この「人間の弱さ」に関する展開は、同著を貫く基本的なモティーフとしていることがわかる。その基本的なモチーフとは、「支援者の苦しみ、弱さからの〈受動的主体の主体化〉」なのだ。ただ似田貝は、「主体は市民」ということが根本の思想なので、本質的には矛盾し合うような性質のものではないが、金子がボランティア論として展開しているものと、似田貝のそれとは立場が違うと言える。詳細は12月18日の寺子屋で議論したい。
 関連して、昨年と今年の水害の経験から、政府は「避難行動は住民主体で」と連呼しているが、筆者はこの場合、「住民主体=被災者主体」と理解し、主権在民としての立ち位置から、補完性の原理を尊重することが最も大事ではないかと思う。「最後の一人まで救う」という考え方は、そこにつながるものであることを確認したい。この「最後の一人まで救う」は、NPO法人CODE海外災害援助市民センター前代表理事を務めていた芹田健太郎(神戸大学名誉教授)の言葉であり、神戸新聞社の客員論説委員として1997年12月27日に同社の論説に紹介されたのが、公式には最初となる。詳しいことは次号以降で述べるが、阪神・淡路大震災から25年を前にして、今では政府関係者はじめ災害支援の関係者の中では、誰もが「最後の一人まで救う」と使っている。
 さて、筆者は「十人十色」「バラバラで、(なお)一緒」そして追加した「最後の一人まで救う」は、すべてが支援の実践知として地下茎でつながっていると言いました。
 この地下茎として、柔軟に、ときには強固に絡みついているのが「バラバラで(なお)一緒」という言葉だ。次号でこの言葉の解説をしたい。        (続く)村井雅清
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